⑨教祖・おやさま

人々に親神様の存在を伝え、これまで述べてきた教えを説いたのは、教祖・中山みきという方です。ちなみに天理教では、教祖と書いておやさまと読みます。はじめての方には慣れない言葉かと思いますが、覚えていただけると幸いです。

ひながたの道

さて、おやさまは寛政10年(1798年)大和国山辺郡三昧田(現・奈良県天理市三昧田町)に生まれ、後に中山家へ嫁がれます。そこで天保9年(1838年)、御年41歳のときに親神様からお告げを受け、ここに天理教が始まりました

それ以後50年に渡り、親神様と一心同体となってこの世界の真理を伝えられました。人間はなぜ誕生したのか、どのように創られたのか、そして正しい生き方とは何か。その全てを明かし、人々を導かれました。また、病気や苦難をたすけられた人の数は枚挙に暇がありません。

しかし、その道中は決して平坦なものではなく、数々の心なき迫害と常に背中合わせでした。そうした苦悩の中にも自ら人々の手本となり、教えの実践と普及に邁進されたのです。このおやさまの50年に渡る歩みを“ひながたの道”といい、その生き方を自らも実践しよう、というのが天理教の信仰です。

存命の理

ここで大切なことは、おやさまは今も世界中の人々をたすけ続けているということです。あれ?と思いますよね。もちろん目に見える人の姿としてではありません。そのお働きが今なお続いているということです。
ですから、今でも世界の至る所で不思議なたすかりがあり、それはただひたすらに子供(人間)達をたすけたいという親なる立場によるもので、このことを教祖存命の理といいます。

三原典

またおやさまは、口で説き行いで見せたばかりでなく、自ら筆を取り教えの詳細を書き残されました。それらは「おふでさき」「みかぐらうた」「おさしづ」としてまとめられ、天理教の原典となっています。

世界の宗教を見ても、教祖が直々に書き記したものが存在すること自体奇跡であって、まさに特筆すべきことです。

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