⑥実践教理:ひのきしん

前回までは、「かしもの・かりもの」や「八つの埃」といった天理教の基本となるところを見てきました。ここからは、教えの実践的な側面にフォーカスしていきたいと思います。

限りある人生

突然ですが、80歳まで生きた場合の総時間数は一体どのくらいになると思いますか?
・・・なんと、70万800時間です!
この与えられた時間を私たちはどう生きるべきなのでしょうか。

多くの人が学生時代、勉強や部活動に励んできたかと思えば、次は社会人になって仕事やスキルアップに追われています。もちろん、それらは自らの人生を実り在るものにするために大切なことです。
しかし、考えてみてください。私たちはこの限りある人生のうち、一体どれだけの時間を人のために使えているでしょうか

そこで天理教からのご提案が一つ。それは、ひのきしんという生き方を生活に加えることです。

ひのきしん

ひのきしんとは、漢字にすると「日の寄進」と書きます。
寄進という言葉は、「社寺などに金銭・物品を寄付すること」(広辞苑より)を意味することから、天理教のひのきしんは、「親神様に今日という1日を捧げること」といえます。

しかし、ここである問題に直面します。
「目に見えない親神様に、どうやって寄進をしたら良いのか」
そこでまずは、人間が創られた目的に立ち帰ってみましょう。

そうです!親神様は、人と人とが思いやりの心で生きる陽気ぐらしの姿が見たい、との思いから人間を創められました。

ですから、親神様に生かされているという感謝の心から、人のために自分の時間を使う全ての行いがひのきしん(日の寄進)というわけです。

いざ、実践

日を寄進するといっても、必ずしも丸一日でなければならない、というわけではありません。例えば、仕事の合間に職場を清掃したり、道端で出逢った御老人の荷物を持ってあげたりする一時的なものも立派なひのきしんです。

このように限られた人生、限られた時間を人のために使うことは誰にでも出来ることですが、誰もできていないことでもあります。こうした行いは必ずや私たちの人生の幅をグッと広げる原動力となるでしょう。

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